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2007.05.01 Tue
サティシュ・クマールリトリート
2007.4.30sathu010.jpg

「イギリスに吹く新しい風」 7月

◆シューマッハカレッジは何故生まれた か 伊藤英紀                              
毎週月曜日には必ず、シューマッハカレッジに初老のインド人の紳士が現れる。
彼は、学校から50キロばかり離れたデボン州の北側にある小さな町から通い、古い校舎の二階の自分の部屋で執務にあたっている。
彼の名前はサティシュ・クマール、このシューマッハカレッジの生みの親であり、また、平和活動家として世界的に知られる人物でもある。
かつて彼は、ソビエトとアメリカの冷戦を終わらせることを願って、インドからモスクワのクレムリンを経てアメリカのワシントンのホワイトハウスまで歩くという、実に8000マイル(1万キロ以上!)のピースウォークを行ったことで世間に知られるようになった。

その後、エコロジカルでスピリチュアルな新しいライフスタイルの考え方や、その考え方に沿った新しい社会のあり方などをテーマとする雑誌「リサージェンス」の編集長を務めたり、イギリス土壌協会にも関わり無農薬有機農業の普及に貢献したりと、いまや、平和運動、環境などの分野では、世界的に知られるカリスマにもなっている。
とても多忙な毎日をすごす彼が、シューマッハカレッジを訪れる2日間に決まって行うことがある。
それは、インドの伝統的なベジタリアン料理を作って、学校の生徒たちとともに夕食を共にすること。
もう一つは、その夕食のあとに、新しくシューマッハカレッジに来た生徒のためにピースウォークの話しをすることである。
サティシュさんは5歳のころから、母親から料理を習い、そして、大きくなってガンジーの思想を受け継ぐ共同体で生活したときにも料理の経験をしたことから、彼のインド料理の腕前は日本で食べられるインド料理に優っても劣らない。
サティシュさんは、「料理とはスピリチュアルな仕事であり、メディテーション(瞑想)であり、美味しいものを皆で作り、皆で分け合って楽しく食べることこそ、それが大事な栄養素の一つになる」といつも言っていた。そのような過程を経て作られるサティシュさんの料理もまた、素材と香辛料との絶妙の調和があり、単なる栄養価とは違った何かが備わっていたような気がする。サティシュさんの食事に対する考え方は学校の基本方針の一つにもなっており、日々の活動の中で実践されている。
夕食が終わってしばらくすると、大学のスタッフが図書館の机を動かし、サティシュさんの話しの準備を始める。大学の図書館は石積みの古い邸宅の広い居間だったところを改造しており、当時の暖炉やシャンデリアもそのままに残っている。
今は環境、エコロジカルな視点を取り扱った思想、哲学、心理学などの書物がそろえられており、この分野では世界でも他に類を見ない貴重な蔵書となっている。
そのような図書館の真中に30人くらいが輪になって座れる場所が作られ、暖炉には火が入れられる。
静寂に包まれた部屋にキャンドルがともされると、徐々に人が集まりだし、そしてサティシュさんも席に着く。
サティシュさんは話しを始める前には必ず、インドの言葉で感謝と平和の祈りの言葉を唱える。祈りの言葉は短いものであるが、まるで何処までも延々と響いていくかのように実に美しく力強かった。
そして、その場にいる全員とともに10分程度の瞑想が行われた後に、サティシュさん恒例のピースウォークの話しが始まる。
それはサティシュさんがまだ19歳だった時のことであった。
サティシュさんは、インドの地方の町のカフェで中の良い友人とともにコーヒーを飲んでいた。
たまたまその時に持っていた新聞に、平和活動家であり、偉大な思想家の一人として世界的にも知られていたバートランド・ラッセルが、ロンドンで反戦と反核活動をしていたところ、当局に捕まえられたとの記事が載っていた。それを読んだ二人は、アメリカやソビエトなどの列強国が行っていた軍備増強や核開発を止めさせるに、自分たちに一体何が出来るだろうかと語り合った末、モスクワ、パリ、ロンドン、ワシントンを歩きとおし、自分たちの身で持って反戦、反核への意思表示をしようと考えたのだった。彼らはすぐに旅の計画をたて、知り合いの事業家からも資金を提供してもらえるよう手配した。準備は万全だった。
出発の前に彼らは恩師の所に挨拶に行った。
ところが、恩師は、彼らが立てた計画を聴いたあとに、彼らに思いも寄らぬアドバイスをしたのだった。
それは次の3点だった。まず、お金は一銭も持っていくべきではないとのことであった。もしお金を持っていたとしたら、疲れたらホテルに泊まり、お腹が好いたらレストランに入ってしまう。すると、人と話しをする機会もなくなってしまい、折角の旅の意味も薄れてしまう。
お金が人と人との本当の関係を邪魔してしまうのである。お金がなければ、必然的に人と話す必要が出てくるし、様々な新しい交流がそこから生まれてくる。
そして、それこそ二人の長い旅を助けてくれることになるだろうとのことであった。次に言われたのは、ベジタリアンを貫くことであった。
自分たちがベジタリアンであることを話すと、きっと人々は何故ベジタリアンなのかを聞くことになる。それが、自分たちの非暴力と平和の理念を説明するきっかけになるというのである。3つめは、旅のルートのことであった。二人はインドからモスクワまで出来るだけ真っ直ぐに歩いて行くつもりであった。
そこには険しい山々や砂漠が横たわっている。恩師は、遠回りになるけれども必ず人が住む地域を通ることを薦めた。何も持たずに旅する彼らにとって、道中に住んでいる人達こそが、彼らを生き長らえさせ、旅を続けさせてくれるまさに守護神となるからである。
二人は恩師のアドバイスを守り、神とこれから出合うだろう人々だけを信じて、本当に一銭のお金も、その日のお昼の食べ物さえ持たずに出発した。万が一の事を考えてお金や何かを準備をしていくことは、神との信頼関係を裏切ることだと悟ったからであった。
彼らのささやかなピースウォークは、最初は人づてに伝わり、それを聞きつけた沿道の人たちが彼らを支援してくれた。そのうち地方の新聞社が取り上げるようになり、そして全国紙やテレビが彼らを取材する様になった。
恩師のアドバイスどおり、毎日、様々な人が彼らに寝るところや食べ物をすすんで提供してくれた。彼らは無事にモスクワのクレムリンを訪れ、そしてパリ、ロンドンに向かった。ヨーロッパに入ると、さすがに夜に泊めてもらおうと頼んでも門前払いを受けたり、理解されずに牢に監禁されたこともあったそうだが、必ずその後に助けてくれる人が現れて、彼らを支援してくれたそうである。
そのようにして彼らは、最後の目的地であったワシントンのホワイトハウスまで無事にたどり着き、多大な成果をあげて当初の目的を完遂したのであった。
旅の道中の話しをここで全て紹介できないのが残念であるが、まるで映画のストーリーにもなりそうな壮大な話であった。
サティシュさんはピースウォークのあとにイギリスに移住し、先に書いた通り、雑誌の編集、平和運動、エコロジー、有機農業、教育など様々な活動を行ってきた。
そして1988年から、それらに加えてシューマッハカレッジの設立と運営に尽力されてこられたのである。
そもそも大学の名前も、サティシュさんとも深い関係にあった経済学者フリッツ・シューマッハにちなんでつけられた。
シューマッハといっても一昔前の人なので、知らない方も多いかもしれないが、「スモール・イズ・ビューティフル」という言葉ならどこかで耳にしたことがあるはずである。シューマッハは、19世紀から20世紀に急速に発展し世界に広まった西洋文明に強い問題意識をもっていた。
当時、農業では伝統的な農業の代わりに、化学肥料と農薬とを用いた単一栽培、大規模農業を行うようになっていき、経済の面では、お金が全てという弱肉強食の資本主義経済が世界を席巻し、医学の面では、病人をあたかも故障した機械を修理するかのように治療する傾向が強まった。
技術の進歩と快適さを求めるあまり、ごみや環境汚染がすすみ、天然資源の消費も急速に増加してしまった。シューマッハは彼の著書「スモール・イズ・ビューティフル」の中で、その問題点を指摘し、新たな視点での社会・経済づくりを説いたのだった。モノが豊かになる一方で精神面の貧困がすすみ、また環境破壊もいまだに広がりつつある現代においても、彼の考え方は益々重要さを増してきている。
サティシュさんの尽力の御陰で、シューマッハカレッジは、シューマッハの思想に象徴されるような、地球環境に配慮しながら、より良い社会を作って行くための新たな視点と考え方を、研究し教育していくことを目的に開校した。
また、新たな社会づくりの中では、スピリチュアルな面も極めて大事であるといった立場をとるのも、他の大学には見られないこの学校の大きな特徴の一つである。
また、シューマッハカレッジでは「知識」の教育は、教育全体のほんの一部にしかすぎない。むしろ、自分の存在、人類の存在、地球の存在に関わる本当の「智慧」を、先人の話しや、学校での様々な体験を通じて自らの中に呼び覚ますことこそ、最も大事な教育であると重視している。学校の設立の際には、既にそういった分野で活躍していた人たちに声がかけられた。
その中には、NHKでも時々登場する未来学者ヘーゼル・ヘンダーソン、地球交響曲にも登場したガイア理論のジェームズ・ラブロックやリン・マーギュリス、シンクリニシティーの研究で知られるルパード・シェルドレイク、フリチョフ・カプラそしてダライラマといった世界的な研究者、活動家が含まれ、その殆どが今日に至るまで学校の顧問や講師として参加してくれている。開校以来、新たに招聘される講師陣も、自然とビジネスのバランスを研究するロッキーマウンテン研究所のエイモリ・ロビンス、チンパンジーの研究から人間の本質を探求したジェーン・グドール、環境活動家のバンダナ・シバなど、日本でも知られている人も少なくない。
実は、日本にもこういう学校があったらなと思うことも多いい。日本も、急速な西洋化の波の中で大事なものを見失しない、食料の問題、年金の問題、経済の問題など、既に様々な面で問題が行き詰まってきてしまっている。
するとそう遠くない将来に日本も大きな転換点をむかえざるをえなくなるだろうが、その時に迷うことなく新たな社会に移行できるためには、シューマッハカレッジのように、本当の「智慧」を探求し実践していく人たちが集まって、共に将来のビジョンを考えることのできる場所が日本にも必要なのではないだろうか。

2007.4.30sathu077.jpg

シャロムの日常    Comment(1)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
ありがとうございました Posted by oide
大変お世話様になりましてありがとうございました。

穂高の自然の中で
「サティシュ・クマールさんを囲む3日間」は、
透明感に溢れる美しい時間でした。
皆様に本当に感謝しております。

サティシュさんのお母様の手仕事や日々のあり方、
ピースウォーク、スモールスクール、ほか
すべてが心に響くお話でした。
同じ志の方々に囲まれて
力強い推進力もいただきました。

少人数でサティシュさんから直接お話を伺いディスカッションする、
という貴重な体験は、
自分の中だけに留めず、
たくさんの人と共有して行きたいと思います。
先ず、友人たちに「君あり、故に我あり」を手渡しながら
少しずつ話しております。

青梅にある自然農の畑に
今年はさらに元気な種を植え、土と親しみ、
大好きな手仕事と料理作りをいつものように普通に続けて行きたいと
思います。
私を含めて、都会で暮らす人々は、毎晩エネルギーを満たすことに
少しの配慮と工夫が必要と感じます。
都会周辺に住みながらも、
土・心・社会のつながりを大事に、また「種」の意味を思いながら
倦まず弛まず、人と対話して暮らし、
また、自然の中へ出かけて交流します。

子どものための自主制作ドキュメンタリーは、今回お陰様で
たくさんの学びを得たので
より深いところへ到達できるよう、努力し続けたいと思います。

シャロムという場でこの会が開かれたことも、意味があったように
思います。
たくさんの配慮をしてくださった臼井さんはじめ、
身体が喜ぶ美味しい食事を作って下さったスタッフの皆さんにも心から感謝です。
より深い成長を願う人たちが、これからもシャロムを訪れることと思います。
サティシュさんが教えてくださった「ネイティブアメリカン祈りの歌」は、
十数年前に知人に教えてもらった「ナバホの祈りのことば」とほぼ同じで
嬉しかったです。
毎晩、音読しております。

永遠の生命のうちに   吾はたゆとう
至福のうちに       吾はたゆとう
眼前の美しきものとともに吾はたゆとう
背後の美しきものとともに吾はたゆとう
足下の美しきものとともに吾はたゆとう
頭上の美しきものとともに吾はたゆとう
吾をとりまく すべての美しきものとともに吾はたゆとう
重なる齢とともに吾はたゆとう


様々なレベルの感動と感謝の気持ちは、まだまだ書き尽くせませんが
ともかく!送らせていただきます。
またご連絡させていただきます。

  小出 
2007.05.07 Mon 23:30 URL [ Edit ]

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